【DXレポートを読んで①】レガシーシステム問題にどう取り組んだらいいの?
DXレポートとは、2018年9月に経済産業省が「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」の題で公表した報告書である。
報告の意図として、日本企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現していく上でのITシステムに関する現状の課題の整理とその対応策をとりまとめた*1としている。
※DX自体についてはこちらの記事を参照。
レポートでは、老朽化・ブラックボックス化した既存システム(レガシーシステム)がDX推進の足かせになっていることを強調している。
かなり実態に鋭く切り込んでいて興味深い。
私は、ユーザ企業の情報システム部員(いわゆる社内SE)であるが、
日々感じている問題意識(というか"鬱憤")が指摘されていて非常に痛快だった。
また、かつて数十年もののフルスクラッチ*2の基幹システム*3をERPパッケージ*4に置き換える仕事に携わった経験から、既存システムのブラックボックス化*5の問題の根深さは嫌というほど痛感している(というか今も苦労している)。
そこで、レポートで記述されている問題点や対応策を今後の活動に生かしていきたいという思いから、記事を書くことにした。
この記事では、DXレポートやその後に公開された情報に触れながら、
既存システムの問題を、イチ社内SEが実務にどのように取り組んだらよいかを複数回にわたり考えていきたいと思っている。
また、2020年12月には「DXレポート2」が公表されている。前回のレポート公表以降のDX政策と結果や、今後企業・政府がとるべきアクションが報告されている(デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会の中間報告書『DXレポート2(中間取りまとめ)』を取りまとめました (METI/経済産業省))。
今回は、主に2018年のDXレポートを中心に見ていくが、次回以降の記事で、DXレポート2についても議論していきたいと思っている。
既存システムの問題(レガシー問題)
2018年に発表されたDXレポート(以下、レポート1とする)では、既存システムの老朽化・複雑化・ブラックボックス化(=レガシー化)がDX推進の足かせになっているという問題意識のもと、ITシステムの現状の課題や対応策が議論がされている。
ここで指摘されている既存システムの問題点に特段の目新しさはないが、問題に陥った背景にまで踏み込んで指摘しているところが興味深い。
【既存システム問題の本質・背景】
- 問題を解消しても、不十分なマネジメントが再レガシー化を招く
- 事業部ごとの最適化を優先し、全社最適にならない。
- ベンダー企業の方にITエンジニアの多くが所属しているため、ユーザ企業にノウハウが蓄積されない。
- 有識者の退職によるノウハウの喪失
- 業務に合わせたスクラッチ開発の多用によるブラックボックス化
出典:『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~(PowerPoint版)』.
https://www.meti.go.jp/press/2018/09/20180907010/20180907010-2.pdf. 2018/9/7, P9-10
これらは、現場で働いている人は肌身をもって感じていることだと思う。
ただ、問題を解消しようにも
- 上司や周囲の理解や支援を取り付けることのハードルの高い
- 日常業務をこなしながらでは、腰を据えた検討ができない
などの理由から手を打てずにいるのではないだろうか。
そんな、レガシー問題の"闇"についてもレポート1で指摘されている。
【既存システムの問題の難解さ】
- 問題は潜在的で日常活用できている間は自覚ができない。自覚出来ていても、長時間と大きな費用を要する上、失敗のリスクもあるため着手しにくい。
- 問題の発見は、ベンダー企業にも容易ではない。ユーザ企業に自覚がないため、RFP(Request For Proposal、提案依頼書)に記載がない。またシステムが複数のベンダーにより構築されている場合、システム全体を俯瞰することができない。
- モダナイゼーション*6プロジェクトの起案の難しさ。将来的なリスクはあっても、現状は問題なく稼働しているため、経営陣の理解を得難く開始しにくい。
出典:『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~(PowerPoint版)』.
https://www.meti.go.jp/press/2018/09/20180907010/20180907010-2.pdf. 2018/9/7, P11
赤字の“理解が得がたい”という部分が一番の難しさだと思う。将来のリスクや全体最適について合意をとるのは非常に難しい。
とくに、今現在クリティカルな問題が発生していない場合みんな腰が重くなってしまう。
以下の記事でも触れたが、既存の価値観・慣習・手法へ固執し波風を立てるのを嫌うのが日本人の癖らしい。これをどう克服していくかは、まだ答えが見えないが、将来リスクに関して抽象的な説明に終始してしまうのが理解を得られずらい要因の一つだと感じている。未来のことにつて、いかに具体的なイメージが湧く説明ができるか、研究していきたい。
「DX推進ガイドライン」からレガシー問題を考える
上で述べた、既存システムの問題への対策としてレポート1では、「DX推進ガイドラインの策定」を挙げている
DXを実行するための既存システムの刷新の必要性やそのための実行プロセス、経営層・事業部門・情報システム部門のあるべき役割分担について、十分な理解が浸透していない状況にある。
このため、DXを実現する上での基盤となるITシステムを構築していく上で押さえるべきポイントとその構築ステップについての認識の共有が図られるようにガイドラインを取りまとめることが必要である。出典:『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~(PowerPoint版)』.
https://www.meti.go.jp/press/2018/09/20180907010/20180907010-2.pdf. 2018/9/7, P22
そして、実際に2018年12月に公開されている。
その構成は次のようになっている。既存システムのレガシー化に直接関係する部分には、当ブログ筆者が赤枠を付け足した。
出典:経済産業省. “デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)を取りまとめました”.
https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004.html, (参照 2021/5/30)
あくまでガイドラインなので、具体的にどうすればよいかについては、各企業内で知恵を絞らなくてはならない。
ただ、「なるほど」と思う部分も多々あったので、DX推進ガイドライン本文からの引用を示して感想を述べていく。
全社的な IT システムの構築に向けたガバナンス
7.全社的な IT システムを構築するに当たっては、各事業部門が新たに導入する IT システムと既存の IT システムとの円滑な連携を確保しつつ、IT システムが事業部門ごとに個別最適となることを回避し、全社最適となるよう、複雑化・ブラックボックス化しないための必要なガバナンスを確立しているか。
8.全社的な IT システムの構築に向けた刷新に当たっては、ベンダー企業に丸投げせず、ユーザ企業自らがシステム連携基盤の企画・要件定義を行っているか。出典:『デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX 推進ガイドライン)Ver. 1.0』.
https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004-1.pdf . 2018/12/12, P7
赤字の部分は、私の職場ではほとんど無法地帯と言っていいだろう。
既存システムに対する改修依頼や新しく導入したいシステムについて、事業部門から頻繁に相談が来る。その際の対応判断は基本的に担当者に任されており、判断するための統一的な基準もない。そのため、システム全体の最適化やレガシー化防止の観点は担保されずらい。
また、システム部門と事業部門の力関係にも左右されてしまうため、レポート1で再三指摘されているように、経営層の意思がないとコントロールは難しいと感じる。
せめて、客観的に評価できる統一的な基準が必要だろう。
IT 資産の仕分けとプランニング
11. 以下のような諸点を勘案し、IT 資産の仕分けやどのような IT システムに移行するかのプランニングができているか。
- バリューチェーンにおける強みや弱みを踏まえつつ、データやデジタル技術の活用によってビジネス環境の変化に対応して、迅速にビジネスモデルを変革できるようにすべき領域を定め、それに適したシステム環境を構築できるか
- 事業部門ごとにバラバラではなく、全社横断的なデータ活用を可能とする等、システム間連携のあり方を含め、全社最適となるようなシステム構成になっているか
- 競争領域とせざるを得ないものを精査した上で特定し、それ以外のものについては、協調領域(非競争領域)として、標準パッケージや業種ごとの共通プラットフォームを利用する等、競争領域へのリソースの重点配分を図っているか
- 経営環境の変化に対応して、IT システムについても、廃棄すべきものはサンクコストとしてこれ以上コストをかけず、廃棄できているか
- 全体として、技術的負債の低減にも繋がっていくか
○ 先行事例
出典:『デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX 推進ガイドライン)Ver. 1.0』. https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004-1.pdf . 2018/12/12, P8
- IT 資産の現状を分析した結果、半分以上が業務上止めても問題のない、利用されていない IT システムであり、これらについては、廃棄する決断をした
- 費用対効果等を考慮し、今後、更新があまり発生しないと見込まれる機能は、その範囲を明らかにした上で、現状維持とすることもあるが、その場合でもデータ活用を阻害しないよう、他のシステムとの連携等に留意している
- 再レガシー化を回避するため、業務の簡略化や標準化を行い、標準パッケージのカスタマイズについては、経営者自らの承認事項としている。必要な場合には標準化した IT システムに合わせて、業務や製品自体の見直しを行っている。
廃棄や更新を凍結するという判断が非常に重要だと思った。
私のところだと、システムの改修は基本的に各部門単位で決裁されるので、全体で見た時にどこに優先的に投資すべきかという判断がほとんどない。
先行事例のような、形がとれるとよいが結局ここも経営者のコミットが必要か。
刷新後の IT システム:変化への追従力
12. 刷新後の IT システムには、新たなデジタル技術が導入され、ビジネスモデルの変化に迅速に追従できるようになっているか。また、IT システムができたかどうかではなく、ビジネスがうまくいったかどうかで評価する仕組みとなっているか。
● 失敗ケース
刷新後の IT システムは継続してスピーディーに機能追加できるようなものにする
との明確な目的設定をせずに、IT システムの刷新自体が自己目的化すると、DX に
つながらない IT システムができ上がってしまう(再レガシー化)出典:『デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX 推進ガイドライン)Ver. 1.0』.
https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004-1.pdf . 2018/12/12, P9
"変化に迅速に追従する"ということの難しさはかつて痛感した。
それは、スクラッチの基幹システムをERPパッケージに切り替える際だった。
当初私は「ERPにすると、自ずと事業や組織の変化に対応しやすいシステムになる」と思っていたのだが、そう単純ではなかった。
もちろん、パッケージの標準機能を使わずに自社独自のカスタマイズをすると汎用性はなくなることはわかっていた。
ただ、それだけではなくERPのパラメータ設定や権限の設計も、将来の変更を見据えた設計にしなと業務変化への耐性は低くなる。
導入を請け負ったERPコンサルの質にもよるのだろうが、
変化への耐性についてコンサルから積極的な提案はなかなか出てこない。
理由としては、
- 導入すること自体に四苦八苦している
- 将来のことまでERPコンサルが責任を負えない
などいろいろあると思うが、
とどのつまり、業務を標準化しないことには恒久的に変化に強い仕組みにはならない。そのため、ユーザ企業側にその気がない姿勢を見せると提案しずらいのではないか。
私はユーザ企業のシステム部門という立場から、導入後の業務や組織変更への対応について意見提起はしたものの、事業部門側は
「将来のことはわからんから、目先の業務に最適化したものにしてほしい。」
というスタンスになりがちで、実のある議論はできなかった。
"変化への迅速な追従"という視点の議論をもっと深めるためには、
次の点について現場の担当者間に以下に、具体的なイメージを湧かせるかが、肝だと思っている。
- 将来の業務や組織変更を見据えてシステム及び業務を設計しないと、どんなデメリットがあるのかの具体化。過去の事例を引用。
- システム及び業務の変化への耐性は具体的にどうすれば評価できるのか
まとめ
今回はここまで。
既存システム問題とあるべき姿について、モヤモヤとしていたものが言語化できたことで、前に進めそうな期待がもてた。
ただ、ここまでの内容だとイチ社内SEが現状の問題を克服するアクションをとるのは難しそうな印象をもつ。
実際に変えていくには、DXレポートやDX推進ガイドラインで掲げられた問題意識が社内で共有されていなくてはどうしようもないと思う。
以前紹介したサピエンス全史でも言われてたが、人々が協力するには共通に信じられる"虚構(神話)"が必要だ。
私のような下っ端ができることは、まず、この問題意識を社内で”布教”して、仲間を作ることだろうか。
【サピエンス全史についての紹介記事】
次回予定
次回は、2021年3月に情報処理推進機構(IPA)より公開された「PF変革手引書(第1版)」について考えていきたい。
現時点では読み切れていないが、ブラックボックス化してしまった既存システムの仕様を復元し、見える化するための方法論が記載されているようで、非常に興味をもって読んでいる際中である。
【関連サイトリンク】
●2018年のDXレポート
DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~(METI/経済産業省)
●2020年12月のDXレポート2
デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会 中間とりまとめ(METI/経済産業省)
●DX推進ガイドライン
デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)を取りまとめました (METI/経済産業省)
●次回紹介予定のPF変革手引書
【次回の記事】
【関連記事】
【関連書籍】
今後紹介出来たらと思っている、『対話に向けた検討ポイント集 第2章「デジタルエンタープライズとデータ活用」』で紹介されている本。私自身読めていないが参考に紹介する。
*1:経済産業省. “デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)を取りまとめました”.https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004.html, (参照 2021/5/30)
*2:フルスクラッチ:システムを一からプログラミングして導入すること。別の方法として、"パッケージ製品"と呼ばれる既成のシステムを購入する方法がある。
*3:基幹システム:販売管理や、購買管理など企業で基幹となる業務を扱うシステム。
*4:ERPパッケージ:Enterprise Resources Planning の略。聞いたことがない人は、基幹システムのパッケージ製品と思ってもらえばとりあえずOKかと。
*5:ブラックボックス化:システムの中身が誰もわからない状態。古いシステムだと、仕様書などの資料がない、担当者がすでにいない、プログラムの書き方がぐちゃぐちゃでわかがわからない、という状態になっていることがある。「別に新しいシステムに入れ替える際に、現在の業務に沿って一から考えたらよいじゃん」というのは甘い。業務もシステム化されてしまっているので、業務側のルールやノウハウも継承されておらず、ほんとに誰もどうしたらよいかわからない、といったことがある。
*6:モダナイゼーション:ソフトウェアやハードウェアなどを、稼働中の資産を活かしながら最新の製品や設計で置き換えることを指す。(『モダナイゼーション(ITモダナイゼーション)とは - IT用語辞典 e-Words』. 参照2021/5/30)