天竺めざして、引きこもる。

いまより知的で気楽に生きるために役立つ本を紹介します。

政治から盗む組織の意思決定の極意 -日本の統治構造 官僚内閣制から議院内閣制へ(飯尾潤)-

組織の意思決定の参考になる本

厳めしいタイトルの本であるが、要は「日本の政治では物事を、誰がどうやって決定しているのか。」について説明した本である。つまり、政治における意思決定プロセスが明らかされる。

政治は意思決定のプロの世界である。そのため合意を形成するために、人間心理を熟知した巧みな仕組みがたくさん用意されている。そこには問題もあるが、素直に舌を巻く。

政治に興味がなくても、会社や家庭、地域社会など身近な組織にて、なかなか意見がまとまらず困っているという人にも参考になる点は大いにある。その場合全編読むのは、しんどすぎるので「第3章 政府・与党二元体制」だけでも読むと良いかもしれない。自民党の政策審議プロセスについて詳述されている部分なのだが、自民党という多種多様な主張や利害を持つ人が寄り集まっている集団がどうして意見をまとめることができるのには、それなりの工夫があることがわかり、とても参考になる。

 

 

お国のことはだれが決めているのか?

日本の政治は当然、天皇が「あーしたい、こーしたい」と言って決まるわけではない。

では、民主的に選ばれたリーダである総理大臣が何でも決めているのかというと、そうでもない。

むしろ思ったよりなんにも決められないみたいだ。

じゃあ、官僚か?裏で政治家を操ってやりたい放題やっているのか?

官僚が政策案を政治家に提案するというプロセスはその通りだが、必ずしも官僚の思惑通りに政治家が納得してくれるわけではない。政治家も官僚を自身の都合通りに動かそうと画策しており、そのための武器も持っている。

 

では一体、だれが決めているのか?

本書を読む限り、最終的な答えは「誰でもない」。様々な人の都合を、非常に込み入った仕掛けがあり、かき集められた意見の対立点を調整して、最終的な政策決定にいたっているという感じであるようだ。

本書では、上記下線の「非常に込み入った仕掛け」が具体的にどのようになっているのかが説明される。

 

「落としどころ」の罠

本書では日本の意思決定仕組みの問題点について説明されている。

民主国家として、様々な意見を取り入れるのは良いことだが、一体何が問題なのだろうか。

立場が違うもの同士が意見を言い合えば、当然利害が対立する場合がある。

そのようなときに、両者の意見をすり合わせ落としどころを探るという方向で議論が進むが、そのために妥協的な結論となりがちで、根本的な問題解決にならないといったことが起こる。

 

政治とは離れてしまうが、具体例で考えてみる。

私が会社で新商品開発の仕事を任されていたとしよう。私は新商品開発に情熱をもち、私生活を犠牲にして数年間にわたって開発に人生をささげてきた。開発は困難を極め、何度も中止の危機に陥ったが、とうとう開発成功の兆しが見え完成にこぎつけるめどがった。

ところがそのころ経営層は別のことを考えていた。新商品自体は非常に素晴らしいものであると感じていたものの、商品の市場そのものが縮小傾向であり、どんなに良い商品を投入しても利益は見込めないのではないか。これ以上開発費を投入しても、とても回収できそうになく、傷口が広がらないうちに開発を撤退したい。

 

このような場合、どのような意思決定が正解であるか。

会社の利益を第一に考えるのであれば、開発を今すぐ停止して損害を最小限に食い止めるのが正しい判断だと思う。

ところが人生を賭けてきた開発担当者からすると、簡単に受け入れられることではない。その商品の魅力や成功可能性を訴えて、何とか撤退を食い止めようとするのではないか。

こんな時に、開発担当者と経営の両者の意見を尊重し落としどころを見つけよう、なんて流れになると、双方に納得感はあっても、合理的な意思決定はできないのではないか。

例えば、開発担当者の思いに配慮し、「予算に一定の上限を設けた上で開発を継続する」といった結論がでるかもしれない。だが、「利益は見込めない」という経営陣の見通しが正しいのであれば、速やかに撤退し、浮いた費用を別の投資に振り向けたほうが合理的である。また、開発担当者が優秀であるのならば、見込みのない仕事で時間を浪費するよりも別の案件にチャレンジしたほうが有意義だ。

 

上記はあくまで例であるが、落としどころを探るという意思決定により、合理的な意思決定が阻害されてしまうことがある。

本書では、国の意思決定においても同様の構図が見て取れることが明らかになる。さらに、それが制度や慣習により構造的に生み出されていることを指摘する。

国が素人目にも明らか批判されるだろうと予想できる政策を実施に移してしまうのも、構造的な問題が根底にあるため、政治家や官僚個人が変だとおもっても、どうしようもないといったことが多いのだと思う。

 

本書の使い方

本書は国政に関する内容であるが、身近な組織にあてはめて読んでみるのが面白いと思う。

本書を読んで、政治の世界は日本的組織の象徴であるなと感じた。日本的なすり合わせ文化を熟知し、大きな波風をたてずに合意を形成するための巧みな仕組みがたくさん用意されているのに素直に舌を巻く。

日本的組織の特徴は当然政治を離れた、会社や家庭、地域社会など身近な組織にも共通する部分が大いにある。

政治の世界を反面教師にして、身近な組織運営を合理的にしようと思うのもよいし、政治の世界を参考にし、円滑な組織運営のために仕える知恵を盗むのもまた良いかと思う。