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天竺めざして、引きこもる。

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天竺めざして、引きこもる。

【7つの習慣体験記part 2】人生を支配する --主体的である--

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今回から7つの習慣を1つずつ、私の体験談を交えて紹介したいと思う。

1発目は、「主体的である」こと。

 

多くの自己啓発本で大切だとされていることであるし、学校教育や職場でも再三「主体的になれ」と言われる。

 

ただし、本書の主体性は、一般的なイメージの「主体性」よりも、大きな意味も含んでいる。

 

本書の「主体性」をきちんと理解できるかどうかが、7つの習慣を自分のモノにできるかどうかを大きく左右すると思う。

 

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目指す姿

一般的な主体性は「自ら率先して行動すること」をいうが、コヴィー氏は、それだけでは足りないという。

人間 として、 自分 の 人生 の 責任 を 引き受ける こと も 意味 する。

ティーブン・R・コヴィー. 完訳 7つの習慣 人格主義の回復: Powerful Lessons in Personal Change (Kindle の位置No.1599-1600). キングベアー出版. Kindle 版. 

 

"人生の責任を引き受ける"というのは、成功するのも失敗するの全部自分のせいだぞ、ということ。これを、説教くさく感じてはいけない。非常にポジティブなことを言っている。

 

辛いときには、他人や環境のせいにしたくなるし、愚痴も言いたくなる。というか、ほぼ毎日言っている。実際、客観的にみて自分に落ち度がないことも多いと思う。世の中理不尽だし。

 

けれども、どんな場合であれ、原因を自分以外に求めることは、自分自身では人生を好転させられないという諦めであり、それは結局、自分以外のモノから支配されることを選択したことになる。これこそ理不尽でしょう、と。

 

頭を切り替えて、どんな場合であれ、自分は状況を好転させる力があると信じて、自分ができることを考え、できることに取り組まないと、損だぞ、ということだと私は理解している。

 

たぶん、このような考え方は、自然にはでてこないのではないかと思うので、意識して習慣化して、無意識にこのような考え方ができるようになる必要がある。

 

ただ、私は「責任」という言葉が、義務感を伴い、萎縮してしまうので好きではない。そこで、次の文に置き換えている。

人生は自分でコントロールする意思を持ち、人生を自ら創造するために行動する。

 

これを念じていても何も変わらないので、次から主体的であるために意識すべきこと上げていく。

「主体的である」ために意識すること

1. 反応的にならない

カッとなって、つい余計な一言をいってしまったり、叱責されるのを恐れとっさに嘘をついてしまったり、やりたくない仕事を後回しにしてしまったり、、、など、

感情や気分によって行動が変わってしまうのは、主体的ではない。

 

感情や気分で行動が変わってしまうということは、相手の態度や環境によって、自分の行動が変わってしまうことにつながり、自分の行動を自分でコントロールできないということになってしまう。

 

ただ、感情や気分をコントロールすることは難しい。腹立つことがあれば、腹は立つし、その日の体調や、天候によっても気分や感情はコロコロかわる。

 

なので、感情と行動の間の距離を大きくすることが大切。

 

誰かが言っていたが、説教中に電話に出る母親をイメージする。めっちゃキレ倒していても、電話に出るときは外向けのちょっと高い声に瞬時に切り替わるアレ。

 

つまり、どんな感情のときでも、意識すると行動はコントロール可能なので、感情は自由気ままにさせておき、行動は必ず自分でコントロールする。

2.自分にできることに注目する

日頃考えていることについて、「関心のあること」と「自分が影響を与えられること」に仕分けしてみる。

 

関心があるし影響も与えられる、というものはOK。問題は、関心はあるが、影響は与えられないこと。

 

主体的な人は、影響が与えられるものについて多くの時間や労力を割く。自分が関心があることについて、自分が影響を与えられるかどうかをキチンと切り分ける。そして、影響が与えられないことについては、スパッと受け入れ、影響できることに集中することが大事

3.状況も自分でつくる

他人が思うように動いてくれないとか、上司が無理解とか、直接的に自分が影響を与えられないことについて、間接的にでも自分ができることはないかアプローチしていく。

 

なかなか難しいが、主体的になるという意識がない場合、端から働きかけようという意識も芽生えないと思う。

 

思うような結果が出るかはおいといて、あらゆることに対して何かしら自分にできることはないか、という視点で関心を持ち、実際にアプローチをかけていく習慣が大切だと思う。

私自身の主体性評価

上で紹介した主体性について、現在の私自身がどうであるか評価を書いてみる。

 

・ 反応的にならない →まだまだ、修行中

本書や「嫌われる勇気」、仏教の本を読んで、感情と行動の間の余白を意識するようになり、以前に比べるとましになった。最近は他人の失敗には、感情的にならず建設的に対処できるようになったと思う。このときに私は"やれやれ系主人公"をセルフイメージを使っている。

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▲やれやれ系主人公のイメージ

「嫌われる勇気」以下の過去記事参照

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一方、自分の落ち度が指摘されそうになった時には、しばしば反応的な行動をとってしまう。

とくに、自分のせいか相手のせいか微妙なラインのとき。相手側も必死に、こちらに非があることを主張してくるので、ムードに引きずられて戦闘モードになってしまう。

 

こういう時には"ファクトを愛する自分"を登場させるよう心掛けている。誰が悪いか、という責任論は置いておいて、何が起こっているのか、問題はなにか、どうなれば解決か、どうすればよいのか、再発防止のためにはどうすればよいか、一旦ひたすら真理を探究したいというマインドに切り替えていく。

 

このようにしてまず事実や問題解決に何が必要かを突き詰める。そうしてファクトが整理されていくと、何が悪かったのかも第三者が判断できるような情報も整うので、責任問題も片付きやすくなる、と思う。

 

・自分にできることに注目する → 結構いけてる

前から、あまり意識しなくてもできていると思う。ただ経験のないことや、複雑なことに取り組む際には、見通しがつかない不安感や、もっとサポートしてよ、ネガティブな想念に取りつかれることもある。

 

そういう時は頭の中で情報がオーバーフローしていることが多いので、ひたすらノートに頭の中身をいったんぶちまけて、ぶちまけた情報を「取り組めること」、「人に頼ること」などと仕分けするようにしている

 

・状況も自分でつくる → ダメ

何がダメかというと、課せられた問題についてはまあまあできるのだが、私生活含め自分の人生で必要なことをそろえるために、主体的に環境をそろえることが出来ていない。私は独身で結婚したいと思っているが、空から美少女落ちてこないか待ってます。

 

まとめ

7つの習慣の1つ目である、「主体的である」を紹介し、私自身についての評価をしてみた。残念ながら習慣化が出来ているとはいいがたいが、これから努力していこうと思うし、自分の取り組みの中で有意義だったことがあったら報告していきたい。

次回は、2つ目の習慣である「終わりを思い描くことから始める」について書く予定。